「やまがた若者応援大使」が綴る『山形への想い』もいよいよ最終回です。
朝日町で活躍する「地域振興サポート会社まよひが企画代表」の『佐藤恒平(さとうこうへい)さん』です!!

山形への想い 佐藤恒平さん

『たまたま山形、自分だけの答えをさがして』

やまがた若者応援大使館となる「松本亭一農舎」の様子と桃色ウサヒ

長野県生まれ、福島県育ちの僕にとっては、山形はたまたまたどり着いた場所でした。美術大学進学を希望していたので偏差値と生活費などを考えてちょうどよいと選んだ東北芸術工科大学。遠い未来の目標とかは明確に持っていませんでしたし、日々モノづくりをしたり、展示企画をいろんな人に見てもらえる事にやり甲斐を感じて過ごしていました。
当時のアルバイトはテレビ局の中継ADと、大学の事務局で校外活動を支援する仕事だったのですが、県内の見た事のない場所に出張できる機会に恵まれていたことが、この後の人生に大きく影響してきます。

山形での学生時代はとても楽しかったのですが、楽しいことに一生懸命で卒業の時も将来の事はあんまり考えていませんでした。変な言い方になりますが、働いてみるまで「働いて生活する自分」をイメージできなかったからです。
関東に就職した動機も、働くことのルールとか意味を体感できればどこでもいいという考えでした。なので新卒で入った会社の志望理由になんて答えたかとかは全然覚えていません。
ただ、わかっていたのは、自分は調べたり習ったりするだけでは全然身につかない人間であること。体験しながら自分で意味やルールを考えて理解していかないとやっていけない性格だということです。
習うだけでは上手くできないのは、褒められたものではありませんが、そのかわり、自分で納得できる答えを探すことだけは人一倍得意でした。

朝日町の仲間たちとお米作りしています!!

1年ほど働いて、ひとりでお金を稼いで、保険や税金を払い、水道光熱費を出し、貯金してと、生きていくのにだいたい何円かかるか判明し、やっと「働いて生きていく」ということを理解できた運命的なタイミングで一本の電話がかかってきました。
「山形に戻って、まちおこしの仕事をしないか?」

というスカウトの電話でした。大学時代の活動でデザインしたゆるキャラ「桃色ウサヒ」を受け入れて使ってくれていた「朝日町」からの電話でした。そのお誘いにすぐ返事ができたのも、自分なりの「働いて生きる」に答えが出ていたので、どこに行っても生きていくのが怖くなくなっていたからです。

たぶんその「答え」というのは、親に納得してもらえたり、みんなに共感してもらえるものではありません。なぜなら他人に認めてもらうために出した答えではなく、自分を納得させるための答えだからです。
そんな答えを手にできたのは、この山形で大学での作家活動やアルバイトを通して「様々な場所と人」と触れ合う機会に恵まれたおかげです。ひとりでポッと思いつくものではなく、働くだけでもたどり着けませんでした。いまの会社や仕事もそういった出会いの縁が引き寄せた偶然の賜物です。

お子さんとスタッフが遊んでいる間に、お父さんお母さんは仕事も可能!! 世界のボードゲームに大人も夢中(^^♪

「未来を今すぐ描かなくてもいい、この山形のいろんな人に会いに行こうよ」というのが、僕なりの答えの見つけ方です。とはいえ、なかなか新しい場所や人を訪ねるのは県内であっても勇気がいります。そんな時の入り口案内役が、今年度から作られた「若者応援大使」なのかなと僕は考えています。自分の答え探しをしたいとき、まずは気軽に若者応援大使の元を訪ねて行ってはいかがでしょう。僕のいるゲストハウス松本亭一農舎でも大歓迎です。

山形に引っ越してきてから10年が経ち、「仕事の生きていく答え」はでているものの、「家族と生きていく事」とか、「子供を育てて生きていく事」なんかの答えは実はまだ出せていません。だからこそ僕もこれからも多くの人とこの山形の地で出会い、自分なりの答えを探していきたいです。

裏庭には自由に使える焚火スペース完備。ゆるキャン大歓迎!!